著者はウイルス免疫学を専門とする医師。日経ビジネス電子版の連載を書籍化したもの。インタビューを描き起こした会話調なので、密度は薄まるが読みやすい。2020年11月までの情報が反映されている。コロナウイルスの基本的なところ、感染予防、からウイルスについてまでわかりやすく解説されている。科学的根拠を基に書かれており、今の世の中で生きていくためには、ぜひ読んでおくべき。Kindle版もあるので紙本が売り切れでも海外でも読むことはできるだろう。
ウイルスの素性としてはインフルエンザほどの感染力(R0〜2.5ぐらい)。ただし致死率は2%で、約100倍。無症状者も感染させることがある。「風邪やインフルみたいなもので心配する必要はない」という言説は間違いだ。正しく適切に恐れなければならない。
感染自衛策は、栄養と睡眠、手指衛生、咳エチケット、3密を避ける、体調不良時の自宅待機、マスク、換気、水でのうがい。洗ってない手指で目鼻口を触らない。睡眠の大切さも強調されていた。逆に、買ってきた品の清掃や服への付着は、さほど気にしなくてよいそうだ。もちろん、消毒液を空間噴霧しても健康被害なだけで効果はゼロだ。
ワクチンによる集団免疫獲得が収束条件。逆に言えば、ワクチンが出回るまでは、基本的に、これらの接触抑制などの感染対策しかすることがない。
もしかかった場合の治療は抗ウイルス薬と免疫抑制薬(DEX)の組み合わせが主流。抗ウイルス薬で増殖をおさえつつ、過剰な免疫を抑制することで炎症・臓器不全を防ぐ。
新型コロナウイルス向けには核酸ワクチン(mRNAワクチン)が実用化された。一般的なワクチン(不活化ワクチンなど)は、ウイルスのタンパク質を投与することで人体の免疫機構(記憶細胞など)に免疫を獲得させる。核酸ワクチンはウィルスの遺伝子を人体に投与することで人体内部でウイルスのタンパク質を生産し、それに対して免疫が獲得される。
免疫機構については『はたらく細胞』がわかりやすい。
核酸ワクチンは10年後ぐらいに実用化されるかと思われていたが急速に開発が進み、今回、初めてヒト向けに承認された。これまでは実績が無く研究していたのがベンチャーなどで、今回の波に乗ってスピード勝負を掛けたのが開発期間短縮の事情。ウイルスを増殖させて作る不活化ワクチンと異なりRNAを合成するだけなので大量生産が可能なのもメリットだ。新しいタイプのワクチンとはいっても、いきなり人体実験というわけではなく、2020年8月ごろから治験がはじまっており、安全性に関しては十分なデータが得られているというのが承認の理由。実際アメリカでは治験募集の広告は多く見かける。金のない若者が大量に応募したのも研究が進んだ理由の一つ(ビオンテックのワクチンで4万例)。また副反応に関してはかなりハードルを下げているという情報もある。
BBCの記事を参照しても、技術的には先行開発が進んでいて、遺伝情報が公開されるのが早かったので、相当早い時期からワクチンが開発され治験が始まっていたことがわかる。そして今回は、ウォーターフォール型ではなくリスクを取った先行投資型で開発が進んだ。
一方で不活化ワクチンの開発も並行して進んでいる。応急処置として新型の核酸ワクチンをポイントを絞って使いつつ、従来型の不活化ワクチン・成分ワクチンを待ったほうが長期的には安心できるという意見もある。
アメリカやイギリスでは大流行してたくさんの死者が出ているので、リスクを知りつつも核酸ワクチンを急速導入している。副反応に対しては保証金など、金で解決。しかし、日本はうまく抑え込めている、副反応に対する拒絶が大きい。よって、状況を分析しながら不活化ワクチン(または安全が実証されたワクチン)を慎重に導入、それまでは接触抑制でなんとか抑えこむ、というのが日本に推奨される対策としての著者の意見だ。
また、筆者は、科学的に誠実な態度として、これらのワクチンは効果はあるだろうが、その効果のほど(感染を抑えるなど)は現時点で不明、と言っている。それと同様に感染抑制についてもよくわかっていないので、「新しい生活様式」も、どの程度がいいかはやって行きながら、適切なレベルに調整することが必要。現時点で明確な答えはない。科学者は、わからないことはわからない、と言う。逆に言えば、断言は信用ならない。
だいぶ普及してきた考え方だとは思うが、検査して陰性だったからといって安心できない、という点にもページを割いて触れられている。PCR検査は事前確率が高い群に対して行うのが有効だ。こういった、専門的な見地からは答え出ている事柄に対しても「オレ理論」を展開する素人は多い。デタラメを分別するツールになる。日本でもポピュリズムで「敵」を作ったり「安心」に訴えるといった感情重視・論理軽視の動きが増えてきた。今後も注意が必要だ。
過去の読書記録はこちら
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